
眼下に朝日を受けてキラキラと輝くクックインレット(入り江)が見えて来た。
2年ぶりの懐かしいアラスカ。
アンカレッジ空港にはフィッシングガイドのMr.ジョニーが出迎えてくれていた。
これからアンカレッジより車で約3時間、SOLDOTNA(ソルドットナ)の近くの
ジョニーのロッジを拠点に小さな旅が始まった。
アラスカの大地はLAST FRONTIER(最後の辺境)と言われている。
1歩踏み込むとそこには、手付かずの大自然が目の前に広がり、
白夜の陽光の中、人々やあらゆる動物、植物、生きとし生けるもの達が
短い夏を愛おしんでいた。

フィッシングやハンティングをするには厳格なルールが課せられる。
それらのREGULATION(規則)BOOKはアラスカ全土で
それぞれ電話帳位の厚さになるという。
例えばサーモン釣りのメッカKINAI RIVERの上流部及びRUSSIAN RIVERでは、
KING SALMONは周年禁止。SILVER SALMON、RED SALMONは、
7月1日から10月31日まで1人1日3尾まで、
PINK SALMONは1人1日6尾までとなっている。
又フィッシングやハンティングで得た獲物は決して他人に売ってはならない。
つまり商売にしてはならない。
この様に厳しい規則と広大な大地の懐の深さがアラスカの豊かな自然を守っているのである。

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ガイドのMr.ジョニーは半年はアラスカ、半年は日本で暮らしている。
ジョニーには日本や日本の釣り人との縁が出来るあるキッカケがあった。
6月のキングサーモンのファーストラン(最初の川への溯上)に始まる幕開けと共に、
多くのアメリカ人がアラスカへやって来る。
ある者はギャング釣り(大きな針での引っ掛け釣り)を。又ある者は
太い竿と糸と大きなリールを使ってラフに釣る。
多くの人がただ鮭を釣ればいいだけの旅にやって来る。
そこに何組かの日本の釣り人がやって来た。
彼らはルアーやフライで鮭に挑んだ。
それも小物釣りをする様なルアー、糸、リールで挑んだのである。
あの30kgを越すキングに対決したのである。
ジョニーは日本刀の鋭利な切れ味の様なスピリットを
日本の釣り人に感じたに違いない。
そして今では日本はジョニーの第二の故郷になっている。


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